無題小説 その3


その時、『彼』は現れた。
いや、現れたという表現は正しくないのかもしれない。感じた、とでも表現した方が僕としてはしっくりくる。でも今は現れた、という事にしておくことにする。
前提として断っておくけれど、僕は霊とか神なんていう類のものは信じていないし、心の底からそういった物を否定できる。霊能力は演技で、超能力は手品、そう思っている。
しかしそれでも、『彼』は僕の前に立っているのだ。
恐怖はなかった。興味も特別感じなかった。ただ、なんとなく疎ましい気持ちがした。
『彼』は僕に向かって語りかけた。変な声だった。変というのは、まるでそれが録音した自分の声そのものだったからである。
(…あ、気づいてる?見られてる…えーと、今の時間だと、こんばんは?)
『彼』はお辞儀をしてそう言った、ように見えた。
「…つーか誰?」
(はじめまして。僕は、僕さ。君は、僕)
「僕?お前は僕じゃない」
(そうだな。いきなりは難しかったか)
そうやって腕を組む『彼』。段々苛々してきた。
(説明すると長くなるけど、君はそういうの平気だよね?)
「名前を名乗ってからにしてくれるか」
(そうだね、僕も形から入るのは好きだよ。えっと、僕は『金森達』。僕にしてみれば僕は1回目の僕で、君は、2回目)
「だから、何の事」
僕が苛々して問いただすと、彼はお手上げだ、という風に腕をあげて見せ、
(まぁ僕のことだから、一回聞いただけじゃ納得しないだろうけど)
一応ね、と言って彼は話し始めた。
(まず始めに前提から言うと、時間は廻ってるんだ)