夜の華 鋼の盾 第3幕 第二場

夜の華 せつなに散りゆくものとして。
 鋼の盾 守るものを守るために。
 いつか貴方は 何処かへ向かうの?
そして私は 流れていくの?

そして 彼らは 今日も どこかで。


第3幕 第二場 ピートとゲオルグ パブ


 夜の酒場。こじんまりとした、隠れ家的な雰囲気がある。厚い木で作られた机とカウンター。棚にはきちんと並んだ酒瓶とグラス。


 人が行き交う通りを、ピートは一人歩いていた。通りの様子を見渡せば、陽気に騒ぐ労働者たちに、胸元を肌蹴た衣装で客引きをする女たち。食い残しに預かろうとすて路地の端を徘徊する浮浪者、酔っ払いの懐を狙う略奪者。既に街は賑やかな深夜の狂騒を呈していた。
 そのうち、ピートは灯りがぼんやりとこぼれる一つの酒場の前で足を止めた。彼は知っていた。ゲオルグは、ここで酒を飲んでいる。ピートは樫で出来た丈夫そうな扉をゆっくりと開けた。
 酒場の中は調度品や内装が古いものであったが、それは歴史の積み重ねから来る古さであり、ランプからもれる明るい照明がそれを補っていた。バーの主人からウォッカを受け取り、見覚えのある人物が座るテーブルへ足を運んだ。わざと自分の存在が相手にわかるように。その見覚えのある人物、ゲオルグはピートを嫌悪の眼差しで睨み付け、そして吐き捨てるようにこういった。
「何でお前が来てんだ」
 ゲオルグの言葉に、ピートは笑い顔で応える。
「生憎と、僕も仕事でたまたま此処に」
「そういうことを言ってるんじゃねえ、何故」
「『何故俺がここにいる事を知っていやがるんだ』?」
「…!」
「図星ですか?」
「…胸糞の悪りぃ奴だ」
「どうですか、僕と一杯?」
「ケッ、冗談じゃねえ」
「随分と嫌われてますねぇ」
「そう言われても仕方ねぇだろうが」
「…ロッテの事ですか?」
「そうだ。身に覚えが無いとは言わせねぇぞ」
「そんなに許せませんか?」
「うるせえ。《上》が黙認してても、ロッテに手を出したなんて立派な犯罪行為だ。あいつはまだ子供だぞ」
「そうですね。でも、ロッテは、彼女はマリアやエリーゼとは違い、ただ《その為》だけに育てられた存在だ。だからこそ、《その為》に必要な技術や知識は蓄える必要がある。少女が相手なら多くの人間は油断や隙を見せますからね。彼女だからこそ出来る任務がありますから」
「…それだけじゃねえだろ。貴様みたいな奴から『任務の為に』なんて言葉を聞くと反吐が出そうだ。任務なんて、そうやって男に弄ばれるロッテを…お前、楽しんでるだろ」
オルグの問いに、ピートは答えない。
オルグは一度大きなため息をついた。
「ったく…。お前といると酒が不味くなる。お前が出て行かないなら、俺が出てくぞ」
 そう言ってゲオルグは持っていたグラスの酒を飲み干し、出て行こうとした。
「そういえば、ゲオルグ
「何だ」
「この前、任務遂行中に数人の男達に囲まれたんです」
「だからなんだ?お前等なら容易く返り討ちにできるだろうが」
「いや、その男達の事で。後で聞いたんですが、貴方の軍人時代の元同僚だったそうで」
「…」
「貴方のかつての友を殺してしまったんです。でもまぁこんな事、いちいち言う事でもありませんでしたね。貴方にさらに嫌われかねない」
「…ああその通りだ。悪趣味野郎」
オルグはピートに怒りの表情を浮かべて一瞥し、出口の扉を乱暴に開け、出て行った。
ピートはゲオルグが座っていた席に腰を下ろし、そこで初めて手に握っていたグラスを口にした。
「…確かに。不味い酒だ」
 その表情は、笑顔のままだった。