夜の華 鋼の盾 第3幕 第一場

夜の華 せつなに散りゆくものとして。
 鋼の盾 守るものを守るために。
 いつか貴方は 何処かへ向かうの?
そして私は 流れていくの?

そして 彼らは 今日も どこかで。


第3幕 第1場 ピートとロッテ 路地裏


 街灯の明かりも届かない、人気のない路地裏の暗がり。決して綺麗とはいえない、濡れた路。犬の声。冷えた空気。


 この夜の天気は曇りだった。雲の隙間から覗く上弦の月が、倒れそうに横だえている。
 静かな煉瓦路、その中に点々と広がる水溜りの間を歩く、一人の男。チャイナカラーの薄黄色のシャツを身につけ、漆黒の闇と違わない、黒の大きな外套に身を包んでいる。彼の左顎には傷を縫った跡があり、また目が細いからなのか彼の表情は常に笑顔を保っているように見えた。
 と、水溜りを弾く音が聞こえる。何人かの人間が走っているらしい。と、男の歩いている路の横から一人の影が姿を見せた。影は男を確認すると、
「いたぞ!こっちだ!」
 と叫んだ。あっという間に、走って彼の行く路に、5人の男が立ち塞がった。それでも、男の笑みは変わらない。
「動くな!」
 と、男のうちの一人が叫んだ。
「動いたら?」
 と、笑顔のままの男は言う。
「それぐらいわかるだろう?」
 と、別の男が言った。
「じゃあ、動かない」
 と、やはり笑顔で男はこう言った。
 男達は安堵したのか、お互いに顔を見合った。
 その時だった。笑顔を崩さない男の外套が波打った。
 男達がそれに気づいた時にはもう手遅れだった。彼らは男の外套から飛び出した一人の少女に、成す術もなく撃たれていた。
立ったままの男。銃を打ち続ける女。その表情はどちらも動かない。
再び静寂が戻った時、男を追ってきた5人の男は残らず倒れていた。
 事が終わった少女は、銃を携え、すくりと立ち上がった。男と同じ漆黒の黒に身を包んだ彼女。その二つに分けた長い髪は腰まで伸び、揺れている。少女はその場を黙って見つめていた男に向かって言った。
「ピート。終わりました」
 ピートと呼ばれた男は、少女の前に歩み寄り、少女を抱きしめた。
「ロッテ。お疲れ様」
「ありがとうございます」
 ロッテと呼ばれた少女は無表情に宙を見つめながら答えた。
「でもこいつら、僕のことを知っていたようだったね。どこかの組織の者たちかな?うーん…。装備を見た感じ、軍人ぽいけど」
「…わかりません」
「うんうん。ロッテは正直者だね。可愛い」
 ピートは頷き、ロッテを抱きしめている腕の力を緩め、彼女の顔に近づいたかと思うと、彼女の唇の中に自身の舌をゆっくりともぐりこませた。抵抗するでも応えるでもなく、ピートのなすがままただそれを受け入れるロッテ。それをしばらく続けた後、ピートはロッテから離れ、倒れている男達に向かって言った。
「…まぁいいか。皆死んだし」
 唇を濡らしたままロッテは頷いた。
「はい」
 厚い雲の隙間から、細い月がその姿を見せ、強い風が細い路地に突きぬけた。