夜の華 鋼の盾 第2幕 第二場

夜の華 せつなに散りゆくものとして。
 鋼の盾 守るものを守るために。
 いつか貴方は 何処かへ向かうの?
そして私は 流れていくの?

そして 彼らは 今日も どこかで。


第2幕 第二場 マリアとエリーゼ カフェ



 路沿いのカフェ。水色に塗られた丸い机に、向かい合うようにバランスよく椅子が配されている。人々の話し声が聞こえる。青い空と太陽の下に行きかう人々が窓から見える。



ショコラをその机に置き、窓際から町の人々の往来を眺める一人の女。彼女は生成りのサマーセーターと茶色のロングスカートと言う出で立ちだった。その褐色の髪は一つにまとめ、鼈甲の髪留めで留めていた。しばらく路の方を見ていた彼女はやがてカップを両手で持ち、その暖かなショコラを啜った後、彼女は小さく呟いた。
「…退屈」
 と、彼女は一人の女に気づいた。灰色の、自分よりも長い肩までかかる髪。白い肌に映える薄緑色のワンピース。その姿に見覚えがあった。と、相手も此方に気づいたようだ。彼女も店内に入ってきた。
「マリア」
エリーゼ
2人が声を上げたのは同時だった。
「今回は誰だろうと思っていたら、貴女だったのね」
「アウグストから聞いてなかったの」
「ええ、日時と用件だけしか聞いていなかったから」
「彼らしいわね。無駄なことは教えないの」
「そうね。私もそう思う。…私も座っていい?」
「どうぞ」
マリアはエリーゼの向かいの椅子に座った。
「手順は?」
「分かってるわ」
「そう」
 そう交わした後、沈黙が二人を覆った。
 一人の店員が注文を聞きにやってきた。何か御注文は?と聞く店員に対して、マリアはチップとともに紅茶を注文した。微笑んで去っていく店員。再び窓越しから町を眺めているエリーゼにマリアは問いかけた。
「ねえ、エリーゼ
「何?」
「パートナーの事を、どう思う?」
「ゲオルグ?…別に、どうとも。仕事としてのパートナー。それだけよ」
「そう」
「どうしてそんなことを聞くの?」
 エリーゼに聞かれ、戸惑うマリア。
「いや、別に、何か理由があるわけじゃなくて、その…」
「アウグストが気になるのね」
「………」
 エリーゼの言葉が図星だったのか、マリアは何も言わず頬を赤らめて俯いた。その時、チップを貰った店員が紅茶を運んできた。サービスです、と4切れのクラッカーを差し出し、ウインクを一度して颯爽と歩いていった。差し出された紅茶を見つめたまま、マリアは言葉を途切れがちになりながらも何とか言葉をつなげて話した。
「…あのね、別に好き、とかじゃないの。ただ、なんでもない仕草とかが気になるだけで、何をされたってわけでもないし、したわけでもないの。…自分でも、彼に対する気持ちが何なのかっていうのは、はっきりとはわからないの」
「じゃあ、どうして彼がそんなに気になってるの?」
 エリーゼの問いにマリアは俯いて、紅茶を少し啜った後、ためらいがちにこう答えた。
「…彼だけなの」
「何が?」
「語尾ぼかして、マリー…って、読んでくれるの、彼だけなの」
「へえ…」
 エリーゼカップのショコラに口をつけた。
「なるほどね」
「誰にも、言わないでね」
「わかってるわよ」
「本当は、誰にも言うつもり、無かったんだけど」
「貴女の気持ちわからなくもないわ。でも、溜め込んでいるのは良くないものよ」
エリーゼ…」
「でも頑張ってみたら?パートナーと寝てはいけないなんて規則、ないんだし」
「そんな!」
「冗談よ」
 笑うエリーゼ。マリアはその俯いた顔をそのままに、紅茶を口元へ運び、ゆっくりと喉へ流し込んだ。
「さて、もう行きましょうか?」
「…うん」
エリーゼとマリアは席から立ち上がり、歩き出した。先ほど紅茶を運んできた店員が盆の上にサンデーを2つ載せていた。エリーゼたちに気づき、挨拶する。
「ありがとうございました。是非またどうぞ」
 そう言って店の奥の席へと盆に載せたサンデーを運んでいく店員。エリーゼとマリアはそのまま店の外へと出た。


 後日談として。ほどなくして、その店から悲鳴が聞こえた。4人の男女が、店の床に倒れた。4人とも息はなく、その時点で死亡が確認された。その後の調査によると、その4人の男女は裏で覚せい剤を主に扱う密輸業者だったとの事である。またその日、男性店員の一人が姿を消していた。当局では彼が犯人と見て捜査を続けているが、未だ解決の糸口は見つかっていないとの事である。