夜の華 鋼の盾 第2幕 第一場

夜の華 せつなに散りゆくものとして。
 鋼の盾 守るものを守るために。
 いつか貴方は 何処かへ向かうの?
そして私は 流れていくの?

そして 彼らは 今日も どこかで。


第2幕 第1場 アウグストとマリア 港


 たくさんの荷物と人が往来する昼の港。たくさんの人の活気、鳥の鳴き声、潮騒、海の匂い。


 この日、船は予定通りに運行していた。そして、今日の入港を終えた定期便の船も、予定通りに航路を運航し、無事目的地へ到着した。
 多くの人が船から吐き出され、往来と雑じりあう中、そんな人の波から外れた1組の男女がいる。港の騒々しさから少し離れた、先端部に錨の形を模した電灯の側に 男は持っていた大きなボストンバッグを降ろした。
「きれい…」
 上を見る白い服の女と、下を見る黒い服の男。
「この辺は、とても空が青いんですね」
「そうですね。ここ一帯は、今の季節ほとんど雨が降らないそうです」
 女が投げかけ、男が答えた。
「へぇ…。本当に、雲ひとつなくて…真っ青。ガラス玉を透かせて見てるみたい」
 そう言って空を眺める女は、白地に空色のリボンを配した袖なしのワンピースと、同じく空色のリボンを付けたつばの広い帽子を被っていた。ほとんど日焼けをしていない、ただし不健康でそうなったのではない白い肌をした細身の腕が、海からの風で揺れる帽子を押さえる。風はまた、肩まで覆う髪を柔らかく揺らした。
 上を見続ける女に対して、男は俯いて手に持っていた手帳をめくっていた。探していた部分が見つかったのか、不意にめくる手を止めて手帳に書かれた文字を眺めている。眼鏡をかけ、質の良いスーツの上下を着こなしているその男は、いかにも好青年と言う風を装っている。ただひとつ、表情が他人より何倍も乏しい事を除けば。
 途中、荷物持ちらしき少年が彼らのところへやって来て自らを宣伝したが、男は丁重に断り、女は少年に優しく微笑んだ。不意に微笑まれた少年は、びっくりしたように肩を上げ、急ぎ足で走り去った。
 手帳を読み終わった男は、少年に微笑んだ後も未だに空を眺め続けている女に呼びかけた。
「マリー、…マリー?」
「あ、はいっ!」
マリーと呼ばれた女は、驚いて男のほうへ向き直る。
「すみません、アウグスト」
「…マリー。これからどうするか、わかっていますね?」
 アウグストと呼んだ男にそういわれた途端、マリーの目つきはさっきまでの穏やかなものから、何か別の視線へと変わった。おそらくは、真剣な、深刻な。
 そして一度うなずいた。
「はい」
 アウグストも、それを聞いて頷いた。表情は、そのまま変える事無く。
「そうですか。…では行きましょう。荷物は私が持ちます」
 そう言ってアウグストはボストンバッグを左手に持ち、歩き始めた。数歩遅れて、それに従うマリー。雲ひとつない青い空から放たれる強い陽光に、マリーの白い服と白い肌は一層白く輝いた。
「空、青。きれい…私は?」
 つぶやいたのは、聞こえなかった。