夜の華 鋼の盾 第1幕 第一場

 夜の華 せつなに散りゆくものとして。
 鋼の盾 守るものを守るために。
 いつか貴方は 何処かへ向かうの?
 そして私は 流れていくの?


 そして 彼らは 今日も どこかで。


第1幕 第一場
オルグとアウグスト 夜の酒場


夜の酒場。
人のざわめきや静かにグラスを傾ける音が聞こえる。
楽団が滑らかなジャズを静かに演奏している。


 その机には二人の男が座っていた。
 片方の男が椅子にふんぞり返った。
 顔面が髭で覆われているその男はまるで蛇のような視線で、
 見た者を震え上がらせてしまうような迫力を持っていた。
 シャツのボタンは開けたままで、
 その肌蹴た胸元に金色に輝く鎖を身につけている。
 手をズボンに突っ込んで豪快に足組んで椅子に座るその姿は、
 良く言えば豪気、悪く言えば野暮ったく見えた。
 対して座っている方の男は、
 髪を整え眼鏡をかけた、いかにも好青年風の雰囲気を漂わせていた。
 ただ一つ違和感を覚える所があるとすれば、
 その視線は細く冷たく、対する男とは違う迫力を備え、
 その表情は無表情と言う所だった。
 正確に言えば、顔の筋肉は動かして表情を作るが、
 無表情と言う他ないほどその表情は人としての体温を感じないものだった。
 彼は質の良いスーツの上下を身につけ、
 水色のネクタイをきちんと結び、それをピンで留めていた。
「冗談じゃねえぞ、アウグスト」
 髭の男が眼鏡の男に語りかけた。
 軽く怒鳴っているようにも聞こえる。
 それでもアウグストを呼ばれた眼鏡の男は表情を変えずに静かな調子で返す。
「そういきり立たないで下さい、ゲオルグ
 この件にしましてはその分に見合った報酬も支払うそうですし」
「金の話をしてるんじゃねぇ。休みの話をしてるんだ」
 ゲオルグと呼ばれた髭面の男はグラスに口をつける。
「…やはり休暇返上では働けませんか?」
「当たり前だろう。
 俺だって人間だ。ただでさえやっととれた休暇なんだぞ。
 大体お前、この前の仕事がどれだけのもんだったかくらい知っているだろうが。
 こちとら大任を終えてその身体を休めに来たってのに、
 こんな観光地に来てまで仕事なんか冗談じゃねえ。…それに」
 一瞬、ゲオルグは言葉を止めた。
「…今回ばかりはエリーゼも休ませてやりたい」
 その言葉にアウグストはその細い目を開かせた。
「休ませたいとは…、貴方からそんな口が聞けるとは意外です」
「失礼だな。それに聞いておくが、
 任務で休暇の日程が潰れたらその分の休暇は追加されるのか?」
 ゲオルグの問いにアウグストは首を振った。
「いいえ。そういった類の話は聞いていませんが」
「そうだろう。今休まなかったらいつ休めるかわかったもんじゃねえ。
 …まぁ、そういう事で悪いが、とりあえず手前らで何とかしてやってくれや」
「…そうですね」
 しばしの沈黙が訪れる。
 ジャズの演奏が終わり、静かな拍手が流れた。
 アウグストは持っていたグラスを傾け、氷を転がせた。
 氷がグラスに当たって冷ややかな音が刹那、鳴る。
「ゲオルグ、貴方がもし引き受けないのなら、この件はピートとロッテに任せますが」
 その時、ゲオルグの眉間にしわが寄った。
「ピート?…あいつらにか?」
「ええ、もし貴方が引き受けない、と言う話でしたら」
 アウグストは表情を変えずに言い放つ。
 ゲオルグはふぅ、とため息をついた。
「…お前も悪賢くなったもんだな」
 そう言われてアウグストは微笑んだ。
 ただし、温かくない、微笑。
「褒め言葉ととっておきましょう…どうです、やって頂けませんか」
「頂くも何も、仕方ねえだろうが」
オルグはグラスの酒を飲み干して言った。
「あんなヘラヘラに任せるよりは俺らでやった方が気分が良い」